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​中田凱也

   生け花


色のない葉が
月の光に靡いて
台所の隅に落ちた
生け花よ
枯れてしまった貴方に
この静寂は聞こえるか

窓が映す永遠に
しずくが煌めく
遠く鳴り続けるのは
きっと波の音
懐かしい
灯台の点滅

貴方の瞳が
瞬いたように見えた
遥か上空の旅客機は
ひとひらの火の粉となり
寂しい記憶を伝う

床に落ちた夏の日
紅色の水紋
冷たい朝
吐く息

生け花よ
この静寂が聞こえるか

   なくした手紙

 

ちいさな水紋のうえ

枯れ葉をすくう光

透明なドレスが

誰にも座られない椅子に

かけられていた

 

街の輪郭を包む霧雨は

無声の歌をうたうように

潮騒となる

空しい反復

手を振る少女

蜃気楼

 

記憶の死を

静けさの中に思い出すたび

ひび割れた海面が煌めく

 

手紙を渡すはずだった

あの場所には

足跡のない砂浜が

ただどこまでも続いていた

   この手を離したら

 

視界にぼやける

記憶の跡が

旭の中で

一滴だけ濡れている

 

鮮明な歪みの中

突如かさなる足音

余韻を辿ると

風のない海岸につく

 

この手を離したら

あなたの髪飾りは

うつくしい赤色のまま

夕空になるか

 

この手を強く握ったら

あなたの指先は

誰かの帰りを待つように

残光となるか

 

忘れぬように

そっと砂に触れる

唇の輪郭

遠くの白波

 

カーテンの縁に揺れる

ちいさな染みが

あの夢の中で死んだ

私の命なのだ

 

 

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